はじめに
本事業は、2015年度より開始されていた公益財団法人社会福祉振興・試験センターの助成日本ソーシャルワーカー連盟(JFSW)企画運営の事業を本体事業とし、それを補う形で2018年度より三菱UFJ国際財団に助成いただき、本会は主に交流事業を担当しました。
元々の事業の目的は、①国際ソーシャルワーカー連盟IFSWアジア太平洋地域(IFAP)各国のソーシャルワーク専門職団体の組織化及び組織強化、②IFAPのソーシャルワーカーの児童労働・人身取引等の児童家庭福祉問題や災害支援対策に関する実践力向上、③日本を含むIFAPのソーシャルワーカー間のネットワーク強化でありました。JFSWはこの目的達成のため、本会会長の木村真理子がIFAPの会長を務めていたこともあり、IFAPのネットワークを活用して、インドネシア、フィリピン、マレーシア、ベトナム、インド、ネパール、スリランカ、日本等各国のソーシャルワーカー協会と連携し、各国でのワークショップ開催への財政的・技術的支援を行いました。2018年度より、若手ソーシャルワーカーの育成と交流に重点を移し、本会の会員や学生が積極的に参加できるよう、日本でワークショップを開催し、アジアの若手ソーシャルワーカーとの国際交流事業を展開しました。以下、2018年度と2019年度の事業を簡単にご報告します。(尚、2020年度の国際交流事業は世界的な新型コロナウィルス感染拡大の影響を受け、中止となりました)
Ⅰ.2018年度国際交流ワークショップ「災害ソーシャルワーク-社会見学・講義・グループワーク-」(石巻市)報告
2018年9月21日(金)から23日(日)まで、宮城県石巻市内の「石巻市防災センター」において、日本ソーシャルワーカー連盟(JFSW)主催による「国際交流ワークショップ災害ソーシャルワーク」が開催されました。ワークショップには、日本全国から13人、海外からはインド・ネパール・ベトナム・スリランカ・ミャンマー・オーストラリア・タイの7か国7人、合計20人のソーシャルワーカーが参加しました。会場や講師派遣に関し、石巻市の全面的協力を得、また東日本大震災の被災地見学や支援機関訪問の企画・運営では公益社団法人日本医療社会福祉協会のご協力をいただきました。
【社会見学】
第1日目は、被災地や災害支援機関を訪問するフィールドトリップで、仙台駅に集合後、貸切バスで石巻市に入り、石巻赤十字病院、仮設住宅を見た後、71人の児童と10人の教師が犠牲となった大川小学校跡、「石巻市遊楽館」(公民館)を見学し、「がんばろう石巻」の看板脇に位置する「東日本大震災メモリアル南浜つなぐ館」を見学しました。最後の見学先は石巻市役所に隣接する石巻市防災センターで、災害時に緊急会議を開く会議室や、災害時に必要な物資を備えています。
【講義とシンポジウム・海外からの発表】
2日目は、災害ソーシャルワークの講義とシンポジウム、海外の参加者の報告が通訳付でありました。基調報告として、石巻市復興政策部地域協働課課長佐藤由美氏より、「石巻市における東日本大震災後の新しいコミュニティへの取り組み」と題した報告を受けました。続いて、日本医療社会福祉協会の笹岡眞弓氏(文京学院大学)より、「災害支援とソーシャルワーク」と題した講義がありました。日本医療社会福祉協会は震災の発生直後から今日まで延べ5000人の協会の会員が病院のMSWのバックアップに入り、現地責任者を置き、緊急対応から避難所(遊楽館)、仮設住宅、復興住宅へと被災者が移行する数年間継続してソーシャルワークの支援を続けてきました。次に、「震災と子ども―スクールソーシャルワーカーとしての実践から―」と題して、日本社会事業大学の土屋佳子氏が講義を行いました。
午後からの「新しいまちづくりにおけるソーシャルワーカーの役割」というシンポジウムには、小原眞知子氏(日本医療社会福祉協会・日本社会事業大学)の進行で、日本社会福祉士会会員・石巻市北上地域包括支援センター職員の高橋了氏、日本医療社会福祉協会石巻現地責任者の福井康江氏、石巻市役所健康部健康推進課技術副参事兼技術課長補佐の高橋由美氏の3人が登壇しました。最後のディスカッションでは、日本医療社会福祉協会をはじめ外部の支援団体がいかに活動を現地の団体に引き継いでいくかなどが論議されました。
最後に、アジア5か国の参加者から、それぞれの国の簡単な紹介と災害ソーシャルワークの取り組みが紹介されました。インドでは、ケララ地域で今年の夏水害があり、大学生がボランティアとして参加したが、支援する側の心のケアが必要であったという話がAmaresha氏よりありました。ベトナムでは、気候変動により台風等による水害が多く発生しており、被災後の迅速な対応と復旧、そして準備が必要である事、ソーシャルワークのカリキュラムに災害対応が加えられたことの報告が、Trai氏よりありました。ミャンマーは、サイクロン・山崩れ・水害などが多発する国で、ソーシャルワーカーの役割も期待されるが、養成校が少ない為、人材の育成が課題であるとThi Thiさんが発表されました。スリランカは水害・干ばつ・山崩れ・サイクロンなどが多発するが、人的災害も多く報告されているとYasinthaさんは発表しました。1995年に災害対策センターが設立し、リスクを失くし災害に強い地域づくりを目指し、技術提供や講習会などを開催しているということです。最後にネパールのUmeshさんは、ネパールは高地にあり地震(2015年に大震災)と水害が多く、国は災害対策のプログラムを持ってはいるが、予防対策などが一般の人に浸透するには時間がかかると話されました。
【グループワーク】
最終日の3日目は、前半に国際委員で日本精神保健福祉士協会・東日本国際大学の大橋雅啓氏が、主に海外からの参加者に対し、日本のソーシャルワーカーの資格制度・養成課程を概説しました。続いて、「地域での連携・高齢者」「精神的ケア」「子どもへの支援」「アジアの災害ソーシャルワーク」などの分野に分かれグループワークを行いました。今回の社会見学や講義などから何を新たに学んだかを書き出し、分類してアセスメントし、ソーシャルワーカーとして次にどのように活かすかを話し合いました。最後に海外からの参加者に参加証明書が贈られ、参加者一同記念撮影をして閉会しました。
Ⅱ.2018年度国際交流事業
2018年9月24日(月・祝)25日(月)に、国際ソーシャルワーク研究会主催、三菱UFJ国際財団助成のアジアの若手ソーシャルワーカーの交流事業が実施されました。
9月24日午前、東京消防庁本所防災館に20名(外国からの参加者はインド、スリランカ、ミャンマー、ネパール、ベトナム、オーストラリア6名)が集合し、防災施設を見学し、防災体験(水害、暴風雨、火災等)を行いました。東南アジアの参加者は、日本の設備に驚いていました。昼食を兼ねた交流会では、外国のソーシャルワーカーと日本の若手ソーシャルワーカーが自己紹介をし、交流を深めました。
午後は、台東区にある児童福祉施設(母子生活支援施設「さくら荘」)を訪問し、施設を見学し、施設職員から子どもと母親に対するソーシャルワークに関して説明を受け討論しました。海外では韓国を除き、子どもを母親と共に保護する施設はないので、素晴らしい実践だと海外のソーシャルワーカーから高く評価されました。
夕方、施設見学を終え、皆で浅草の浅草寺周辺へ行き、交流会では親睦と互いのソーシャルワーク実践の情報交換をしました。
9月25日午後は、日本女子大学西生田キャンパスで人間社会学部社会福祉学科の「国際福祉論」(沈教授)の授業(学生約50名)に海外からの5名のソーシャルワーカーが参加し、自国のソーシャルワーカーの養成制度等についてプレゼンテーションを行いました。後半は、日本人学生とのディスカッションが行われ、日本のソーシャルワーカーと海外のソーシャルワーカーの役割や養成課程の違いなどについて話し合いました。
社会見学や授業を通して、日本とアジアの若者の交流が図れたことは大変意義深いもので、今回築いたネットワークが今後も継続しさらに拡がることを期待します。
(参加者からの評価)
参加者(ベトナムと日本)からの交流事業に対するフィードバックをごしょうかいします。
「私達は石巻での実りあるワークショップの後、東京に戻り、東京消防庁の本所防災センターと母子生活支援施設の見学に行きました。日本でこのような非常にユニークな、シミュレーション体験をするのは初めてです。センターでは興味深い動画を使用しているため、自然災害に対する意識が高まりました。特に私は津波に関する映像に心を動かされました。また、消火器を扱う訓練を実際行いました。さらに煙に巻き込まれたときの避難や暴風雨の時に地下室や水圧の強いところから逃げ出す方法を経験しました。センターを訪問した後、私はベトナムで同様のモデルを提唱することを考えました。実際、ベトナム人の多くは自然災害の危険を知っていますが、対処方法はよく分かりません。
午後訪問した母子生活支援施設は非常にユニークで、子どもと母親のための保護施設です。べトナムでは、家庭内暴力の被害者である女性のための一時的な避難場所がありますが、女性やその子どもたちに長期的な支援を与える余裕はありません。日本の母子生活支援施設は、住居、食糧、職業訓練からの基本的なニーズを提供しています。さらに、入居者の親戚や友人が訪れることができるように公開されていますが、ベトナムでは避難所は閉鎖され、秘密にされています。
今回私の夢を実現するためにご支援いただいたことに心から感謝します。この研修旅行を終え、私は気候変動と災害に焦点を当てたソーシャルワーク分野で働き続けたいと決意を固めました。」(V.T.D)
(9月23日 閉会後の集合写真)
(9月24日 東京消防庁本所防災館にて)
Ⅲ.2019年度国際交流事業
1.ワークショップ「伝統文化の創造的表現を用いて創造するソーシャルワーク関係の変化」(インド・ベンガル―ル)
ワークショップは、2019年9月17日、アジア太平洋ソーシャルワーク会議のプレカンファレンスワークショップの1つとしてクライスト大学の教室で、70名あまりの参加者を迎えて開催されました。参加者の文化・言語の背景は、アジア太平洋地域の20か国以上の国々の人々です。冒頭、ムンバイ大学のS・ジャスウォル教授が主題について解説、その後、参加型の演習に移りました。実技指導は、マイソールの表現科学研究所の表現ディレクタ―、スリナバスNA教授、助手はラダー講師が務めました。
このワークショップは、言語を超えた表現方法による場と意識の共有の可能性を実技指導を通じて行うことが目的です。スリナバス教授の発語と身体表現とともに、ラダー講師の歌唱とも演劇の発語ともとれる重厚な声が会場に響き渡り、聴衆の精神と身体が揺さぶられます。地元の言語で発せられる表現、身体的な動きに対して、聴衆はまずそれらを真似、発語します。会場で生まれるうねりは、参加者が自発的に身体を動かし場の空気を共有することになります。会場に響く重厚な歌唱と身体表現を心地よいものと感じ、みずからもその波のうねりに身と精神を投じてゆきます。会場に生じる変化の波を予期しながら、そこで語られるメッセージを共有することで何が生まれるのか、問いと期待を求めて参加者は演習に参加しました。
ワークショップでは、舞台装置や衣装などを用いず、人間が持っている声や身体表現というシンプルな創造的表現手段を採用していました。これ以外にも、パントマイム、子どもや家族が参加する演劇と音楽、ストリートプレイ、化粧や衣装、大掛かりな舞台装置の活用など、多様な表現方法がソーシャルワーク関係の変化を意図してソーシャルワーク教育の現場で試行されています。こうした表現方法を伝達する側には、創造的な表現への親しみ、効果への信頼とともに、身体の表現訓練により、言語表現だけでなく、自らが可能な手段をソーシャルワーク関係を動かす原動力として取り入れることの意義を実感することが重要だと思われます。今後、さらに幅広い方法の活用と経験の場を模索してゆきたいと思いました。 参加者の多くからは、肯定的な印象を得ることができました。
(2019年 インドベンガル―ル ワークショップ後)
2.IFSW会長シルバナ・マルティネス氏と若手ソーシャルワーカーの交流会
2020年3月1日、世界ソーシャルワークデーのイベントに参加するためアルゼンチンより来日したIFSW会長シルバナ・マルティネス氏を都内に案内しながら、ソーシャルワークについて語り合う交流会を本会主催で開催しました。
参加者は、マルティネス氏がスペイン語を母語としているため、ラテンアメリカなどスペイン語圏の国で働いた経験のある青年海外協力隊のOB4人、スペイン語圏の家族を持つソーシャルワーカー1人、海外研修に関心のある若いソーシャルワーカー数名で、合計14人でした。
午前中に後楽園を散策した後、両国駅江戸NORENで集合、昼食(ちゃんこ鍋)をはさんで、マルティネス氏とIFSW広報担当のローラ・サンチェス氏と自己紹介やそれぞれの仕事について語り合いました。その後、浅草へ出て、仲見世通りを抜け浅草寺をお参りし、日本の文化を紹介しました。夕方になって、浅草の桟橋からクルーズ船に乗って日の出桟橋に向かい、隅田川から東京の街並みを眺めた。最後は、有楽町に出て、夕食を取り、交流を深めました。マルティネス氏とローナさんは、単なる観光に留まらず、日本のソーシャルワーカーと交流することで、日本のソーシャルワークの実践について学べたと喜んでいました。日本の若いソーシャルワーカーは、IFSW会長、そして職業的には大学の教授として多忙なマルティネス氏と個人的に話し合うことで、自分の進む道を見つけたような気になり、勇気づけられたと語っていました。
交流会は、若いソーシャルワーカーが国内だけでなく、世界の動向に関心を持つきっかけとなったと思われます。今回の参加者は英語に堪能な者が多く、今後海外のソーシャルワーカーとe-メールやSNSを活用して、リーダーとして活躍してほしいと期待します。
今後に向けて
アジア各国や日本でワークショップを開催することで、日本の災害ソーシャルワークや家族支援などのソーシャルワークの技術的提供ができ、アジアのソーシャルワーカーと共有できたことは有意義でした。また、本会の事業は特に若者の国際交流に重点を置いたため、日本を含むアジアの若手ソーシャルワーカーや学生の国際交流事業ができたことは意義深いものと思います。特に、日本の学生がアジアのソーシャルワーカーとの交流に関心を持つようになったことは特筆すべきことです。
2018年にアジア数か国から招聘した若手ソーシャルワーカーが、2019年インドで開催されたアジア太平洋ソーシャルワーク会議に参加し、再びワークショップで交流を深めたことは事業の継続性・発展性という意味で成果だったと思います。アジアの若手リーダーを育成するには、それなりのきっかけが必要で、この国際交流事業は大いにその目的に寄与していると思います。
(2020年3月1日 IFSW会長 シルバナ・マルティネス氏を囲んで)